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紅梅町・オリオン通りの歴史

~なぜ紅梅町と言うのか?
現在の紅梅町は、甲府城の城廓内、大手門東南の土手小路と呼ばれていたところの一部です。明治6年の廃城令以降に城内外の濠を埋めた新しい街づくりが行われ、横小路に橘町追手小路に錦町、松原小路に常磐町、中小路中殿小路に春日町、土手小路の大部分に桜町などが誕生し現在の甲府中心街が形作られました。
当初、土手小路の桜町から残された地域(現紅梅町地域)は山田町筋新道などと呼ばれていましたが、明治8年まわりにあわせ「華名」として紅梅町と名付けられました。
ちなみに、その当時紅梅町一帯は畑や湿地が多く、住宅数は29戸程でした。
昔を知りたい人はどうぞ~!
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